昭和53年2月19日 朝の御理解
御神訓一.ご地内をみだりに汚すなよ。
知らぬ事とは言いながら、ご地内をみだりに穢しておった。分からせて頂いたら早速改めさしてもらうね。ご地内をみだりに穢すなよと。次のみ教えに、今よりは何事にも方位は忌まず我が教えの昔に帰れよとあるです。今よりは何事にもとこういうね。大地のご恩徳を分からせてもらいね、大地のおかげを分からせてもらい、ゆえに大地をみだりに穢してはならんぞと。分からせてもらい、聞かせてもろうたら、早速ただ今から今よりは何事にもという事です。信心はこれが一番大事です。今よりは何事にも、知らぬ事とは言いながらお粗末であった、ご無礼であったと気がついたら、気がついたらもうその時点から改めていけよという事です。ご地内をみだりに穢すなよと、聞いた、いわゆる分かった時点から侘びる所は詫び、願う所は願って改めていくのです。
先日、十三日会の時に伊万里の吉富さんがお話になっとりましたですね。本当にあの、このみ教えを頂いた時に言うなら大地を穢すとか、汚すとかと、もうそれこそ当たり前のように思っておった。煙草なんか火のついたままポンと大地に捨てる。しかも靴でこうやって踏みにじるような事をしておった。聞いたらもう勿体のうてそれが出来なくなったと。
福岡に大変篤信のご婦人があった。真名子さんという方である。もう永年の蓄膿症で難儀をしておられた。私が福岡で修行中の時分に大変心を入れて下さった方である。
ある福岡の御大祭の前日、お掃除の御用を頂いておった。そしたら親先生、いわゆる先代の吉木辰次郎先生、三代の先生ですが「大坪さん内殿の方のお掃除をして下さい」とこう言われた。もう勿体のうして身が震えるような思いをさせて頂きながら内殿のお掃除をさせて頂いとったら、その今の真名子さんと言う婦人もやはり親先生に、まあ広いですからね、ですからあの向こうの方から真名子さんがこう拭いてみえる。私はこちらのほうからこう拭いていく。それでこう両方からこう拭いて来ると真中で一緒に会う訳です。そしたら真名子さんが「あなたが善導寺の大坪さんと言う方でしょう」とこう言われる。「はい私が大坪ですが」「親先生からいつもお話聞いてます。私はあの荒江の真名子です」とこう言われる。その荒江の真名子さんと言う話も吉木先生がもうこれは必ず、三井教会の御大祭、いわゆる善導寺の御大祭の時にはもう必ず吉木辰次郎先生のお説教でした。なかでいつもその真名子さんの御信心ぶりというものを聞かせて頂いておったから「ああ、あなたが真名子さんですか」と、もうそれこそ十年の知己の様に何か通うものがあるんですね。
それからお掃除を終わって真名子さんのいろんな話を聞いたり、私の話を聞いてもらったりして、今度から日曜たんびにお話に来て下さいち。やっぱり私が参りますと、四十名位、その真名子さんの信心によっておかげを頂いた、助けられたという人達が集まって来よりました。しかももう一日、それはもう大変な篤信な方でした。けれどもお話があの出来ない。そこでみんなが此方が、例えば肺病患者なんか動かれないのはね、自分方の縁先からお神酒を吹かれる。ぱあっと、その寝ておるその患者のね、がお神酒の匂いがすると言われた程しの人であった。もう特にその肺病の患者が多かったんですけれども、もうたくさん包帯をお神酒を浸しておいて、それをずうっと胸部にこの湿布をしてやられるんです。御祈念しながら、そうすると助かったんですね。
私はある時に、大掃除があるというのでお手伝いに行った。そしていわゆる雑巾掛けをした後の水を表に持って行って、表がすぐ道ですから、道に持って行って振ろうとしたら、もうけたたましゅう家の中からおらびなさいますもん。「ああ大坪さん」もうそれこそけたたましい、びっくりしてから「その水ば表に撒かんで下さい。下水に捨てて下さい。もうこんな汚い水を大地にばらまいてはね、神様に対してあいすまん」もう大地を穢さないという事に徹した方でした。まあ言われてみればなる程そうだと思います。
此方がおかげを受けたのは今言うようにその蓄膿症で難儀、そして初めて福岡に御縁を頂かれて、おかげを受けられた方。その時に頂かれた御教えがこの御教えだった。
ご地内をみだりに穢すなよ。天が父なり、地が母なり、言うなら母体のようなもんだ。それを知らぬ事とは言いながら、以前散髪屋をしておられた。だから例えば汚れた水なんかをざあっとそれこそ表に撒いたりしておった事を、本当に知らぬ事とは言いながら相済まぬ事だったと心からお詫びをして教会の門を出られて、一寸ばかり出た所に十字路があります。そこまで来られた時に、それこそ誰がまあこんな所にと思うようにたくさん大便がしちらかしてあった。やあ、勿体無い事、それこそ知らぬ事とは言いながら、こんなに大地を穢す、今聞かせて頂いたそのお話なんですからね。早速教会にとって帰ってお便所に使うバケツに水を汲んでくる。それから紙やらほうきやら借りてきて、そこを奇麗にお掃除をされた。そして最後にお詫びをしながら水で清めて、そしてその十字路からあの電車通りに出る間に鼻がストストするごとおかげを頂いておった。それっきりその鼻の病気が全快のおかげを頂いたという方なんです。
これも福岡に篤信の先生がおられます。山口に明石先生と言い寄りましたかね。此方は福岡の病院で、それこそ胸の病気でもう明日をも知れんと言う程しの重体の病人さんであった。大変熱心にいわゆる若い時から体が弱いから信心深い方であって、自分の屋敷内にはどこどこの弘法様、どこどこのお不動様、お観音様というふうに屋敷中にそう言う神様、仏様がお祭りしてあると言うほどしの方であった。非常に仏教の熱心なご信心しておられたけれども、病気には勝てない。入院されて、それこそ明日おも知れんと言うような、だからもういよいよ自分の死期と言うものを感じられた。それで朝から南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏を唱え続けられた。お経文を唱えられた、所がたまたまですね、同じ同室に入院しておられたその患者さんが、あれは対馬ですか、壱岐ですか。(信者さんに問い掛けられて、壱岐ですと言う答えがある)壱岐でしたか、壱岐のやっぱ総代をしておられる、壱岐と言うと末永先生の所の教会ですたいね。私は対馬と思いよった。その人がやっぱり入院しとられた。
その方いわゆる熱心な金光様の信心をするもんだからたまりかねてですね、それでなくても病院の陰気な中にです、横におる人が南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏とあまり一日中唱えられる。いわゆる極楽往生を願うての南無阿弥陀仏だったに違いないですけれども、こっちの方の患者の方はね、その壱岐の総代さんはそれが耳障りになってたまらん。とうとうたまりかねて大抵辛抱しとったけれどもね、あなた朝から晩まで南無阿弥陀仏を唱えとるとこっちが死んでいこうごたる。実は私は金光教の信心するけれども、そりゃ私共とてもまあ同じような状態でこうやって同じ病室に縁があって、おかげを頂いておるが、金光教ではね、日に日に生きるが信心なりと教えられますよとね。日に日に生きるが信心、今日お生かしのおかげを頂いとるという事をです、そりゃ明日おも分らん状態ではあるけれども、お礼を申し上げていくという、その日に日に生きるが信心なりとですね、聞かれた時に電気にかかったような思いがしたと後で話しておられると言う事です。そういう信心があったのかと。それから金光教の話を寝ながら聞かれるようになった。
それから幾日もせずに、もうとにかくそういうまあ動きもとれないような人が、どうでもそういう神様にいっぺんお参りをしたい。いっぺんそういうお話を聞きたいというのでもう病院から出る事は絶対出来ないのをまあ逃げるようにしてこっそりと福岡の荒戸の教会をたずねられた。もう荒戸の教会に着かれた時には、あの入り口の玄関の段々があります、段々の所にピタッとうっついてしもうて、もうそれこそ息も出来ん位に苦しんだと、苦しんでおられたということです。それをお結界のほうに奉仕しておられる先生がご覧になってからね、まあ導いて御神前に連れて来られた。もう大変なひどい病気である。そこで先生が話をなさったのがこの御理解であった。ご地内をみだりに穢すなよと言う事であったね。とにかく天に任せて地にすがる信心を説かれた。そう言うふうに言うならば、まあ逃げつ隠れつと申しましょうかね、荒戸の教会にしげしげと参られるようになった。
ある晩、夜中にフッと目をその覚まされたところがその明石という方がベットの中に入っておられない。いつまで待っても帰ってきなさらん。これは便所かなんかで倒れとんなさるとじゃなかろうかと思うて、便所を見てみたけども便所にもおんなさらん。所がその日は大変もう満月が煌々として、その昼の様にあった晩だったそうです。それから外へ出て見て、その外にずうっといろんな花畑があって、菊畑があった。そのこうやってその月の明かりにその覗いて見られると、菊畑の真中で誰かがこうおるような感じ。と、近づかれるとその明石さんであったね。それこそ大地にひれ伏して、その天に任せて地にすがる信心ですかね、一生懸命御祈念をしておられた。もう夜な夜ないうなら大地に縋り抜いておられたという事。それからさしもの病気も段々おかげを頂いて退院。丁度その壱岐の総代さんと同じに退院が出来られて、信心の有難さがいよいよ分かって、そしてお道の教師にお取り立て頂いて、山口で布教される事になった。
その当時、今でもその壱岐の総代さんと、その時分の話ですよ。今でもさあ御大祭ともなると壱岐から大きな鯛やら鰤やらを持って、その山口の明石先生の所に言うなら信心友達、言うならその方のおかげでまあ言うなら命が助かったと。もうそれこそ大変生き生きとした御ヒレイが、その山口の明石先生の所でその立ち始めたね。
そこの御信者さんでおかげを受けられた方があった。いわゆる永年の言うなら盲目。目が見えない方が目が開くと言うようなおかげを頂いた。そして、その盲人さんが信心するようになり、明石先生の所にお参りするようになり、そしてある時に話されたのが、このご地内をみだりに穢すなよという事であった。それこそ今言う、知らぬ事とは言いながら今までは平気で言うならば母体とも思われる天地の親神様に対して相済まぬ事であった。大地を汚しておったことをです、お詫びされる事に段々なって来たね。盲目の事ですから杖を頼りに教会を出て帰られる。そうすると自分が通っておるその道の丁度上にあたるまあ言うならば家並みの二階にあたる所から、そのガラスがガラガラと開いたと思ったら、下に盲人さんが通っておったからでもなかろうけれども何か、それこそゲラゲラと笑われた。二階から。その時にホッと見上げるともなしに見上げた途端に、上からそれこそ痰唾をパッと吐いた。それが何と額口に当たったち言うんです。もう途端にですね、途端におかげを頂いた。本当に今頂いて来た、例えばその御教えが甦ってきたんですね。
知らぬ事とは言いながら平気で大地を汚そうとしておる、その痰唾を自分の額で受け止めさせて頂いたという事が有難かった。これがどうだろう。もし信心がない、もしこの御教えを頂いていない時ならばですね、それこそねいくら盲目であってもですね、笑った上にいわば痰唾まで吐きかけられたと言うて、それこそつかみかかっていきたいごたる心が起こったろうのに、教えを頂いておったおかげでです、おかげでご地内を穢さんですんだ、有難うございましたというて感動された。その感動をもう家に持って帰るのが惜しいごたるから、また引っ返して教会にお礼に出られた。そして御結界に座られて、そう言う御届をされてからフト頭を上げられたら横にある障子の桟が見え出したという。先生もびっくりして「これが見えますか」と言うてしたら「はあ見えます」と言わしゃった。ご地内を例えばみだりに汚すなどころではなくて清めようと、自分の体で清めた。
真名子さんの場合には、それを言うならば汚した、穢した人のことをお詫びしながら、そこを清められたら永年の蓄膿症が、もうそれこそ、その十字路から電車通りまで、そうですね、ものの十五間か二十間位あるでしょうか。その間にもう鼻がストストするようになっとった。爾来、その鼻の病気と言う事はいわんですむようになった。
その明石先生のお話だってやっぱそうであった。教えが言うならば次にここにあるね、今よりは何事にもと、先は方位を忌まずと言う事ですけども、今よりはですね、今お話を頂いて、ああ成程と合点が言ったなら、合点が言ったその時点から私は改めていく、教えを行じていく事が信心なんです。
大地の御恩徳が分かり、大地の有難いと言う事が分からせて頂いたら、いわゆるここでいう大地の信心。黙って受けるという信心ね。受けて受けて受けぬくという信心。そういう大地の信心がかたや出来たなら、天の御恩徳はもう習わんでも分かると私は思いますね。それこそ今までは大地の御恩徳なんか説いた人がなかった、言わばむしろ忌み土と言うて、仏教的に言うと穢れた所、穢れた物として見たね。それを教祖様は母体ともね、または大地の御恩徳という事をもう身を持って、お百姓であられた教祖様の事ですから大地の大恩という事を知られた。その大地を大事にされた。そこから言うならば降るようなお恵み、天のみかげね、天が恵んで下さる物を、それを十分に受け止める事が出来たね。
大地の信心が分かったら、自ずと天の信心は分かってくるもんですね。天地の大恩が分かる、神様の御恩が分かればね、いよいよおかげが受けられる。子孫も繁盛する。家も繁盛する。子孫も続くという程しのおかげが受けられる。その言うならば母体になるものは大地の信心である。その母体である所の大地をです、私共がね穢すような事をしては、みだりに穢すようなことをしてはならない。穢すどころか、もし穢れておる、汚れておる所があるならば、それを清めるという程しのおかげを頂かなければならない。
もう迂闊にする所です。教えもたくさんあるけれどもね、その例えばご地内をみだりに穢すなという、その御教え一つでも徹底させて頂いたらね、大地の大恩が分からせてもらう。大地の大恩がいよいよ分かればね、天の恩恵も又自ずと分かってくる。
教えの全てがそうですけれども、今よりは何事にもと、もう今よりはである。御教えを頂いたらならもう只今から、それを身に付けよう、行じよう、そして御粗末御無礼であった過去の事はお詫びをさして頂こうという、言うならば謙虚な信心が望まれる訳です。そして汚さんだけではない、清めていこうという信心。
今日はたまたま福岡の真名子さんのお話と、それから山口で布教なさっておられる明石先生の事から、この御理解を改めて頂きました。永年信心はしよる、難しい教えは分かっておる、けどもこんなに行じようと思うたら、見易い御教えが疎かになっておる事がございます。皆さんどうでしょうか。ご地内を本気で穢すどころではない、清めようというような信心が身に付く、しかも今よりはである。聞いたらその場から改めていくという素直さが信心には必要です。どうぞ。